「はああ〜」
「お見事!なかなか良い太刀筋をしておりますぞ、ジュン殿」
 サユリ誘拐事件後、その時自分の非力さを悟ったジュンは、少しでも自分の腕を磨こうと、新無憂宮ノイエ・サンスーシーの稽古場で腕を磨き始めていた。そして今、その稽古場でミュラーと模擬戦闘を行っていた。
「ありがとうございます、ミュラー将軍」
「では今日はこの辺りでお開きにしましょう」
「はい。また今度お願いします」
 数時間の稽古を終え、ジュンはミュラーに礼をし、稽古場を後にした。
(太刀筋がいいか…。だけどこんな事繰り返してたって、あの人達には追い付けないな…)
 稽古場を後にする道程、ジュンは考えていた。確かに模擬戦闘は己の力を高めるには安全で確実なものだ。しかし、真の戦闘力は生死を賭けた場でこそ鍛えられるもの、あのユキトや柳也の戦闘能力を見て、あれは数多くの戦いをこなしたからこその強さであるとジュンは悟っていた。
 しかし、今の自分にラインハルトの一兵士になり、戦場で人を殺せる自信はない。これは甘えであるかもしれないが、出来得るなら旅の道程でのモンスターとの戦いの中で腕を磨きたい。そしてその為に、ある程度腕が上がった時はプリンセスガードを止め、冒険の旅に出るというのが今のジュンの夢であった。
「あの、ジュンさん、一つ頼み事があるのですが…」
「頼み事ですか?まあ、俺に出来る事でしたなら…」
 稽古場からサユリの部屋へ向かうと、開口一番サユリが頼み事を持ちかけて来た。自分に頼み事を持ち掛けられるのを恐縮と思いながらも、ジュンはサユリの頼み事を聞き入れる事にした。
「実は先程リヒテンラーデ公の使者が参り、サユリを次期公爵の花嫁として迎え入れたいという旨を伝えに来たのです」
「何ですって!?」
「もっとも、サユリはそれを引き入れるつもりはありません。サユリには心に決めた人がいるのですから…」
 サユリ様が心に決めた人…。ジュンにはそれがキルヒアイスだと即座に理解出来た。あのオーベルシュタインの屋敷でキルヒアイスさんの名が出た時のサユリ様の目は、憧れの人の名を耳にし喜んでいる目だったと。
「そうお兄様に申し上げましたなら、自らその旨をリヒテンラーデ公の元へ伝えに行けと言われました。そして、それが終わったならば、暫くは自由にして良いと…」
「えっ、それはもしかして…」
「ええ。一連の事件もようやく鎮静化しましたので、サユリにマイの後を追う許可を下さったのです。それでジュンさんに頼み事があるのです。サユリと一緒に来て下さいませんか?マイと落ち合ったその時までで良いですので…」
「……」
 一緒に旅に来て欲しい。そうサユリに頼まれてジュンは一瞬沈黙した。しかし答えを出すのにそれ程の時間を必要としなかった。
「ええ。喜んで!」
「本当ですか!?ありがとうございます〜」
 理由はどうあれ旅に出る事が出来る。少し時期が早まったが、何はともあれこれで閉塞感に押し潰されそうな宮殿生活から離れ、己を鍛える旅に出られる。ジュンはそう心の中でぐっと拳を握った。



SaGa−11「旅立ちの決意」


「今日になればここに戻って来ると思ったけど…」
 シオリは、昨晩ホテルに行くと行って以来行方知れずになったマコトの安否を気に掛けていた。朝になればまた戻って来ると思っていたが、マコトは一向に姿を現さなかった。
「大方、ハイネセンに実家があったってオチだろ。家出したつもりでいたけどホームシックにかられて戻ったとか」
「でも、昨日はそんな素振りを見せてませんでした。ホテルに泊まるって言ってましたし…。私、ちょっと探して来ます!」
 マコトが心配のあまり、シオリはユウイチの親戚の家から街に繰り出し、マコトを見つけ出す事にした。
「まったく、たまたま知り合っただけの奴にそれ程肩入れしなくてもいいのに…」
「あの娘を連れて来たのはシオリ自身だから、それなりに責任を感じているのよ。それよりもユウイチ君、これからどうするつもり?」
「そうだな…。一度シノンに戻るか…」
 カオリにこれからの行動を訊ねられ、ユウイチは口ではシノンに戻る旨を表わしていたものの、心の中では迷いが生じていた。
 アユの力になりたい…。だけど自分に何が出来るんだ?貧困と病魔に蝕まれた生活を続けるアユをどうにか助け出したい。その気持ちがユウイチにこれからの行動の道標を出さずにいた。
「ユウイチ、お前に客だぞ」
「客?一体誰なんだろ?」
 カーレに呼び出され、ユウイチは玄関の方に向かった。マコトが戻って来たのだろうか、それともキルヒアイスさんが訪ねて来たのか、このハイネセンでユウイチに対する客はその位しか思い浮かばなかった。
「よう、君がユウイチ君か。お初にお目に掛かる。俺はボリス=コーネフっていう者だ」
「…ボリス=コーネフ…。もしかしてあのウィルミントンの…」
 初めて会う男に名を呼ばれ、そしてその男が自ら語った名に、ユウイチは身体に緊張が走り抜けた。
「ほう、遥かローエングラム領まで我が商会の名が知れ渡っているとは光栄だな。如何にも、俺がコーネフ商会会長ボリス=コーネフだ」
「……」
 コーネフ商会、その名を聞いて答えられないものは少ない。聖王の時代、聖王を資金面で支えた300年以上の伝統を誇る世界有数の老舗の大商会である。
 その商会を取り締まるコーネフ会長が自分に何の用なのだろう、ユウイチは困惑と緊張の余り声を出せずにいた。
「まあ、いきなりの訪問で返事がないか。実は俺はここの家の当主であるカーレに商売の話を持ち掛ける為に、昨日の晩船でウィルミントンから来たんだが、ホテルでチェックインしようと思ったら面白い人物に出会ってな」
「面白い人物?」
「ああ。ほら、隠れてないで出て来な」
「あはは…」
「マコト!」
 ボリスが前に出させた人物に、ユウイチはようやく口を開いた。その面白い人物は、昨晩から行方知れずになっていたマコトだったのであった。
「おや、コーネフ会長がどうして昨日の何処かで見た事のある嬢ちゃんを連れてるんだ?」
「やれやれ、商売相手の顔を忘れるようじゃお前もまだまだだな。いいか、この娘は家出して騒ぎになってるマリネスクの所の末娘だ」
「マリネスク…って、もしかしてリブロフの…」
 首を傾げるカーレの前でマコトの正体をさらっと言い出すボリス。コーネフ商会と、ママリネスク…この二つの接点は一つしか考えられなかった。そう、同じ商会同士であるという…。
「読みがいいな、ユウイチ君。そう、このマコトはリブロフのマリネスク商会会長の末娘だ」
 アスターテ海を挟んだハイネセンの対岸に位置する街、リブロフ。この街は海運もさる事ながら、東には山脈を越えた先に砂漠地帯が広がっており、嘗てはエル=ファシルとの交易が盛んで、東西交流の玄関口としての役割も担っていた。そしてその街で一番有力な商会がマリネスク商会なのである。
「そうか。道理で見た事がある顔だと思ったら、マリネスクの所の嬢ちゃんだったか」
 相槌をするカーレの姿を見る限りでは、コーネフ商会、マリネスク商会、そして叔父は商売によってそれなりの友好関係を築いているようである。だからマコトは叔父と顔を会わせたくなかったのだと、ユウイチは理解した。
 幸い叔父は会った直後はマコトの正体に気付いていなかったようだが、コーネフ社長の指摘を受けるまでもなく、正体は自然と判明した事だろう。だから、昨晩はホテルに泊まり、日が経ってもこの家に戻って来なかったのだろう。
 しかし、その泊まったホテルで顔見知りのコーネフ社長とバッタリ会ってしまったので、マコトの運もそこで尽きたのだろうと、ユウイチは苦笑した。
「それでこのマコトをとっ捕まえて色々と事情聴取していたら、君の名前やアユ嬢の名が出て来てな。何やら君はアユ嬢が待ち続けた”思い出の少年”だそうじゃないか」
「ええ。まあ…」
 正直、他人に”思い出の少年”と呼ばれるのは気恥ずかしいものがあった。
(マコトの奴め、いくら事情聴取されたとはいえ、そこまで話す必要ないだろ〜が…!)
 そうユウイチは心の中でマコトを睨んだ。
「そこでだ。その君に一つ話を持ちかけたいと思ってな」
「えっ?」
 ボリスから話を持ちかけられた事にユウイチは解れていた緊張が再びぶり返してきた。あの大商会の会長が自分みたいなのに話しかけてくるという事実は、緊張せざるを得なかった。
「まあ、コーネフ会長が話を持ち掛けてくるとしたら、十中八九商売の話だろう。立ち話も何だし、奥でゆっくりと話をしていてくれ」
 ユウイチの緊張を解すかのようにカーレが話し掛け、ユウイチとボリスを家の奥へと案内して行った。



「それでコーネフ社長。私に話というのは?」
 奥の客間に案内され、カーレに出された紅茶をすするユウイチ。その紅茶により多少緊張を解したユウイチは、自らボリスに話し掛けた。
「まあ、さっきカーレが言った通り商売の話なんだが、それを話すには少し長話になるが構わないか?」
「ええ、お構いなく」
 ユウイチの承諾を得たボリスの口から出た話は、ここ数年の西側世界の商業における力関係の推移であった。
 嘗て西側世界はフェザーンのルビンスキー商会、ウィルミントンのコーネフ商会、リブロフのマリネスク商会、そしてハイネセンのマリーンドルフ家が同程度の力を持ち、それらが均衡を保つ中、良い意味での企業間の競争が行われ、それに促されて世界の商売は各地がそれなりの賑わいを見せていたという事であった。
 だがマリーンドルフ家の没落、エル=ファシル滅亡によるマリネスク商会の不振によりこの力関係が崩れ始め、変わりに表で神王教団との独占的な取引を行い、裏で非合法の麻薬を取引するルビンスキー商会が台頭して来たとの事だった。そしてその躍進にコーネフ商会も次第に押され始め、今や世界の商業はルビンスキー商会が牛耳る懸念があるとの話だった。
「それでそのルビンスキー商会の独占を阻止しようと、我がコーネフ商会とマリネスク商会は同盟関係を結び対抗しているが、それでもルビンスキー商会の勢いを止める事は出来ない。そこで打開策としてマリーンドルフ家の再興を打ち立て、君の叔父とも親交を深めていたりするんだが、君にその協力をして欲しいのだ」
「つまり、私に商売を行えと?」
「ああ。君に新しい商会を任せたいんだ」
「……」
 いきなりボリスに持ち掛けられた商売の話。ユウイチは暫し思考したが、答えを出すのに時間は要らなかった。
「その目的がマリーンドルフ家の復興、アユを今の生活から救い出す事に繋がるならば、俺は喜んで貴方の話に乗ります!」
 コーネフ会長の目指す所がマリーンドルフ家の再興ならば、自分に悩む余地はない。それがアユを貧困と病魔から救い出す事に繋がるなら、これこそ、今自分がやらなければならない事だ。そうユウイチは心に強く叫んだ。
「そうか。やはり俺の目に狂いはなかったな。君ならきっと話に乗ってくれるものだと思っていたよ」
「ところで私はまず何をすれば良いのですか?」
「まあ、流石にいきなり君にでかい仕事を任せはしない。君の力量を測るという意味も含め、簡単な取引をしてもらいたい」
 ボリスのいう取引はこういうものだった。ルビンスキー商会の台頭により、嘗てコーネフ商会も行っていたフェザーン経由の陸運業をすべてルビンスキー商会に独占されてしまったという。不正な麻薬の取り引きが平然として行われるのもそれが原因らしい。それで何とか嘗ての陸運業の力を取り戻したいが、ルビンスキー商会の手がフェザーン全体に回り、コーネフ商会の人間は街に入る事さえ出来ないという。そこで、ユウイチに新たな商会を任せ、手始めにそのルートの確保の取引をして欲しいとの事であった。
「別に無理に君に任すつもりはない。もし無理そうならば違う仕事を頼むが?」
「いえ、やります。やらせて下さい」
 正直自分にどれだけの事が出来るかは分からない。しかしスタートからつまづいては駄目だ、まずはその一歩が重要なのだ。ユウイチはそう思い、進んで仕事を引き受けた。
「なかなかの意気込みだ。では商売を始めるにあたって君に渡しておく物がある」
 そう言いボリスが受け渡したのは薄いカードだった。
「わが社が経営する銀行のキャッシュカードだ。現在ウィルミントンの他に、リブロフ、バーラト地方の諸都市に支部があリ、そこで自由に金を引き出す事が出来る」
「ありがたく受け取っておきます」
「後は君の商会の名が決まり次第、その名義に今回の仕事に対する前金を振り込んでおく」
「商会の名ですか…」
 商会を作るからにはその商会の名は必要である。色々悩んだ末、ユウイチは自分が望む商会の名を口にした。
「ネオ=マリーンドルフ…ネオ・マリーンドルフ商会でお願いします」
 自分の願いがアユを救い出す事にあるなら、この名が相応しい。そう思いユウイチはマリーンドルフ家の復興の意志を掲げ、”新たなマリーンドルフ”という意味で、ネオ・マリーンドルフと命名した。
「随分と飾り付けのない大胆な名だな。だが悪くない名だ。では今より君の商会の名はネオ・マリーンドルフだ!」
 アユを助け出したい―その想いが新たな商会の立ち上げという事に繋がり、こうしてユウイチの新たな人生の道が始まったのであった。



「マコトちゃん、本当に何処行ったんだろ…?」
 その頃シオリは街中でマコトを捜していた。肝心のマコトはボリスに連れられ既にカーレの家に戻っているが、シオリはそれとすれ違い、未だマコトを捜し続けていた。
「あれっ、あの人…」
 マコトを見つけ出す為に街を歩く人々に目を向けていたら、視線の先に見覚えのある姿が入って来た。
「ユリアン!」
「わっ、誰かと思ったらシオリか…」
 亜麻色の頭髪に特徴的な服装、シオリがその人物を見間違う筈もなかった。その人物は数日前オーディンの酒場で出会ったユリアンだった。
「ふふっ、ユリアンの事だから私のこと『さん付け』で呼ぶと思ったけど、ちゃんと約束覚えていてくれたのね」
「ええ。どうやら忘れてなかったようですね。しかしこんな所でシオリと会うなんて思いもしなかったな〜」
「私は知り合いに付き添ってハイネセンへ来たの。ユリアンはやっぱり旅の途中で?」
「ええ。あれからリヒテンラーデに向かい、船でハイネセンまで来て、そしてこれからランスに向かう所です」
 その後シオリとユリアンは互いに談話をしながら街中を歩いた。二人は互いに相変わらず何処か敬語調な喋り方をするものの、会って二度目とは思えないような親近感のある会話を続けた。
「……」
「ユリアン、どうしたの?」
 その最中、突然ユリアンが足を止め沈黙した事を、シオリは気に掛かり、声を掛けた。
「あっ、いえ、ちょっと嫌な事を思い出してしまって…」
 そう言うユリアンの目の先には、神王教団らしき人が出入りしている場所が見えた。
「あの建物は…?」
「神王教団のハイネセン支部ですよ…」
 神王教団が出入れしている建造物が何であるか訊ねると、ユリアンがその建物が神王教団の支部である事を、感情を必死に抑えたような声で説明してくれた。
「ユリアン!?」
 そのユリアンの声調が気になり、ふとユリアンの方を見ると、歯軋りをし、拳をぐっと握ったユリアンの姿があった。
「ごめん…。自分で抑えなくてはならないと分かってるけど、どうしても抑える事が出来なくて…」
「もしかして、神王教団との間に何かあったの?」
「……」
 そうシオリが訊ねると、ユリアンは再び沈黙を始めた。
「私で良かったら話してみて。それでユリアンの気持ちが少しでも良くなると思うから…」
「……。シオリ、何年か前にエル=ファシルという国が神王教団によって滅ぼされたのは知ってる?」
「ええ…」
 シオリの心遣いにユリアンの心は動かされ、ユリアンは静かに口を動かした。その口から出た言葉は、エル=ファシルの滅亡についてだった。
「僕はエル=ファシルに住んでいたんですよ…」
「!!」
 嘗てエル=ファシルに住んでいた―。その言葉を聞いただけでシオリは、ユリアンの抑えきれない思いが手に取るように分かった。
 自分の生まれ故郷を奪われ、その元凶足るものを目の前にして冷静でいられる筈がない。そして自分もユリアンの同じ立場だったら同じ思いを抱いたに違いないと、ユリアンの思いに共感した。
 ユリアンは続けて喋った。その神王教団の侵攻に対し、自分の父は勇敢に戦い、そして戦死したと。故郷と自分の父の命を奪った神王教団を絶対に許す事は出来ないと。
「本当は今にも神王教団の支部に駆け込んで、神王教団共を皆殺しにしたい気分ですよ。だけどそんな事をしたってエル=ファシルが復活する訳でも、死んだ父が生き返る訳でもない…。それに何より今の僕にはそんな私情に駆られている暇はない、やらなくてはならない事があるんだから……」
「何?自分の気持ちを抑えてまでもユリアンがやらなくちゃならない事って…」
 溢れんばかりの怒りや哀しみを抑え付け、やるせない思いで語るユリアン。そしてそんな事に構っていられないという論調のユリアンは、何処か無情とした寂しさで包まれていた。
 そんなユリアンの姿を見て、シオリはユリアンの心の負担を少しでも減らしてあげたいと思い、ユリアンの”やらなくてはならない事”が何であるか訊ねた。
「ごめん…。こればっかりは話せないんだ…。この事を話したら、シオリ、君も巻き込む事になるかもしれないから……」
「ユリアン…」
 ユリアンの何処か使命感に帯びられた瞳を見て、シオリはそれ以上の事は訊ねない事にした。その真剣な眼差しは、自分の”やらなくてはならない事”をシオリに話したくないという、ユリアンの純粋な気持ちが読み取れた。
「シオリ〜。そんな所で何してるの〜。マコトちゃん、もう戻って来たわよ〜」
「お姉ちゃん!」
 突如カオリの声が聞えて来た事にシオリははっとし、声の方角に視線を向けた。するとそこには自分の方に近付きながら自分の名を呼ぶ姉の姿があった。
 カオリはボリスがマコトを連れて来た姿を確認し、真っ先にシオリを連れ戻しにカーレの家を飛び出していたのであった。
「どうやらお迎えが来たようですね。ではまた機会がありましたならば何処かでお会いしましょう」
「待って!ユリアン、次は何処に向かうの?」
「陸伝いにファルス、スタンレーを経由し、ランスに向かう予定です。そのランスが、僕が今一番向かわなくてはならない場所ですから」
 そう言い終えるとユリアンは、一人街の中へ姿を消して行った。
 自分に”やらなくてはならない事”を話せないといいながらも、また会おうと言ってくれるユリアン。そんなユリアンにシオリは萌え出ずる想いを抱いた。
 ええ、また会いましょう―。今度会ったその時は貴方の”やらなくてはならない事”を話してくれるわね―
 いつかユリアンは自分に”やらなくてはならない事”を話してくれるだろう、その時は例え自身が何かに巻き込まれる事になろうとも、ユリアンの力になろう…。過ぎ去るユリアンの背中を見つめながら、シオリはそう心に誓った。



「おっ、戻って来たなシオリ」
「ごめんなさい、ユウイチさん。マコトちゃんが戻って来たのを知らなくて…」
 カーレの家に戻ると、既に旅支度を終えたユウイチの姿があった。カオリと共に戻って来たシオリはその姿を見てユウイチに軽く頭を下げると共に、家の中に入り、自分も急いで旅支度を始めた。
「ところでユウイチさん、これから何処に向かうんです?やっぱりシノンに戻るんですか?」
 旅支度を終えユウイチの元へ駆け付けると、シオリはこれからユウイチが何処へ向かうかを訊ねた。
「いや、実はシオリがマコトを捜しに行っている間、ある人と商売の話をしていて、それで急遽フェザーンへ向かう事になったんだ」
「フェザーンですか?」
「ああ。フェザーンには俺の親戚もいるし、良かったらシオリも付いて来るか?」
「ユウイチさん…。はいっ!」
 ユウイチの誘いにシオリは間髪入れず答えた。
「ちょっとシオリ!」
「ごめんなさい、お姉ちゃん。私もう少し旅を続けたいの…」
 フェザーンとランスは陸で結ばれている、ならばユリアンはランスに向かった後フェザーンに向かうかもしれない。例え向かわなくても旅を続けていればまた会えるかもしれない…。
 もう一度ユリアンに会いたい―。その願いを叶えるには旅を続けるしかないとシオリは悟っていた。
「仕方ないわね…。その代わり私も付いてくわよ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
 真剣なシオリの口調に、カオリは溜息を付きながらも、シオリの想いを受け入れた。本当はシオリの自主性を尊重して一人で行かせても良いのだろうけど…。そう思いながらもカオリはシオリを自分の元から離す事を怖れ、再びシオリに同行する事を決心した。
 こうしてユウイチ達は一路フェザーンを目指し、再び旅の一歩を踏み始めるのであった。


…To Be Continued


※後書き

 前回は一ヶ月以上間が空きましたが、今回は連続で書いたのであまり間が空きませんでしたね。
 今回、トレードの話が始まった訳ですが、原作のように物件買収を鬼のようにこなすという展開にはなりません…(苦笑)。私は基本的に商売や経済は苦手な人間ですので(爆)。
 それとトレード絡みで名前が出て来た人間が何人かいますが、「銀英伝」原作のフェザーン商人を分割して各々が商会を持っているという形にしました。原作通りフェザーンに関係しているのはルビンスキーだけですね。彼は原作では地球教徒と繋がったりしていますので、ルビンスキー商会が神王教団と繋がりがあるという設定は、その辺りから来ています。
 さて、祐一達はそのフェザーンに向かう訳ですが、ここにいる祐一の親戚というのが、ようやく登場予定の水瀬親子になります。その二人が何の役で出るかのヒントは、原作のヤーマスにいる親子と言えば?
 登場は二話後ぐらいになると思います。恐らく今までで一番ギャグ全開の展開になると思いますので、楽しみにしていて下さい。では。

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